管理職候補には旅をさせよ-人事異動がもたらすメリット-(医療・介護の経営コラム09)

医療機関や介護施設の経営層である皆さんは、勤務するスタッフのキャリア遍歴を把握していますか。大規模な医療機関となるとさすがに全ての職員のキャリア遍歴を把握することは難しいかと思いますが、診療部門・看護部門・各コメディカル部門・事務部門などの部門長は、自部門のスタッフのキャリア遍歴程度は管理者として最低限把握する必要があります。各部門長は部門を統括する役割として、各部門のパフォーマンスを最大限に発揮させると同時に、さらに高めて行かねばならない責務があります。そしてその実行のためには、各部門の経営資源ともいえるスタッフの能力やスキルを把握している必要があるからです。現状も理解していないのに組織の成長に向けた問題点や課題が把握できるはずが無いのです。スタッフのキャリア遍歴を把握していないのであれば、部門の今後の成長のためにスタッフの能力・スキル・キャリアの洗い出しを行う必要があります。

キャリア遍歴の一つに部署異動の遍歴が挙げられます。医師が中心となる診療部門においては部署異動は少ないかと思いますが、ほかの職種であれば組織の規模にもよりますが、例えば看護部門であれば入院・外来や診療科などの部署が、事務部門であれば医事・経理・人事・調達・広報・経営企画などの部署が存在していると思います。このように部門内にはいくつかの部署があるにもかかわらず、10年以上同じ部署に所属しているスタッフがいる場合が多く見られます。事務部門を例に挙げると、医事に10年以上所属しているスタッフが存在しているという具合です。中には入職後20年以上にわたって医事に所属し、他部署の勤務経験は皆無というスタッフが存在することもあります。そしてそのようなスタッフがそのまま医事の管理職として業務を担っている場合が少なからずあるのです。長年にわたり同じ部署に勤務しているようなスタッフはいわば「専門職」であり、その部署に特化した高度な業務を行うことに長けています。しかし、そのような専門職のスタッフがその部署の「管理職」に向いているかというと、そうではない場合が多いのです。管理職は各部署において経営戦略に関する方針管理や日常管理が問題なく進捗しているかを管理することに長けていなければならないため、専門職とは異なる知識・能力・スキルが要求されるからです。このような点から経営に関連する役割、いわば管理職以上の役割を担わせるスタッフは下記の理由から、様々な部署の経験を積んだスタッフが良いといえます。

医療・介護経営に関する経験や知識の「深度」が広くなる

人事異動で様々な部署の経験を積まなければ、医療機関や介護施設の経営に関する経験や知識の習得には限界があります。例えば経理に関する部署を経験しなければ、経営状況を把握するために必要不可欠な財務諸表の意味が分かりません。1日や2日程度の財務諸表の研修を受けたとしても1週間も経たないうちに多くの内容は忘れてしまうでしょうし、スタッフが自己研鑽で財務諸表をマスターしたところで、業務として実際に財務諸表に関わらなければ組織内に活用できる知識やスキルにまで昇華させることはできません。同様に医事の経験が無ければ診療報酬や介護報酬を理解することができません。制度のマニュアルを読み込んだだけでは、実際に業務に活用できる知識や能力にまで昇華できないのです。管理職や部門長など、経営に関係する「深度」が大きくなればなるほど各部署の基礎的な知識やスキルを習得しておく必要があります。そのためにも多くの部署を経験し最低限の知識や経験を積んでおく必要があるのです。

組織内において職種を超えた人脈が構築される

様々な部署に異動することで、その部署に関わるスタッフと新しい関わりを持つことになります。多くの関わりを持つことで同じ事務であっても様々な考え方があることも知ることができますし、部署によっては医師・看護師・コメディカルとの関わり方も深まることからそれぞれの職種においてのプロフェッショナルとしての知識や考え方を知ることもできます。実際に私も入院に関する部署に所属していた際には、多くの診療科の医師や看護師、コメディカルのスタッフとコミュニケーションを持つことができました。そのコミュニケーションを通して私もそれぞれの診療部門の考え方を知ることができましたし、反対に医師や看護師やコメディカルの皆さんも私を通して診療報酬の算定条件や事務の考え方を知ろうとしてくれました。経営戦略を実行するためには組織の全てのスタッフの協力が必要であり、そのためには臨床現場のスタッフとのコミュニケーションが不可欠です。様々な部署を経験しながら長い年月をかけて構築された信頼関係は大きな財産になります。管理職や部門長になると他部門と関わることが多くなりますが、様々な部署を経験しながら構築した人脈は経営に関わる上で大きな強みになります。そのためにも人事異動によってスタッフに様々な部署に関わりを持たせることは組織の成長を考える上で重要なことといえます。

組織内における業務のつながりが把握できる

人事異動を通じて色々な部署の業務を多く経験することで、他部署の業務とのつながりを把握することができます。業務のつながりを把握することで、各部署の業務の目的や価値を客観的に見ることができ、自部門の付加価値を高めることができます。同じ部門であってもそれぞれが行っている業務の内容を知らないためにムダな業務を行っていることは結構あるものです。例えば医事で診療科の売上高を集計しているにも関わらず、経理でも診療科別の売上高を集計していたり、医事と病歴でDPCに関わる同じデータを別のタイミングで集計・管理していたりなど、探せば数多く存在すると思いますが、人事異動などでスタッフの部署間の流動性が低い組織はこのようなムダな業務に気付くことが少ないのです。異動して来たスタッフが「この作業はあの部署でもやっていますよ」と指摘するのは異動を多く経験してきたスタッフであることが多いのです。また、他部門に与える影響についての想定ができるのも異動を多く経験しているスタッフであることが多いです。「これを実施すると看護部にも影響が及ぶ」であるとか「リスクが想定される取り組みだからリスク管理をしている事務部門に情報共有しておく必要がある」など、組織内の業務のつながりを把握できるようになるためには多くの部署を経験する必要があります。

今回のコラムのまとめ

このように、管理職以上の役割を担わせる場合は様々な部署の経験を積んだスタッフが良いといえます。そのためには人事異動によって多くの経験と積ませることが重要です。これは短期間で行えるものではなく、事業の成長を見据えながら計画的に行うことが大切です。人事異動はその場しのぎの単なる組織内の数合わせではありません。部門長や所属長などの管理職の方々は、自部門の都合ばかりを優先させることを考えず、各スタッフの今後のキャリア形成も踏まえた人事異動を行うことが重要です。同時に組織全体の人事をデザインする人事部の役割も重要であるといえます。人事制度に関する環境を整備し、スタッフが成長できる仕組みを構築することが、今後の医療機関や介護施設の経営に必要になるといえるでしょう。

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